sohramame’s 「吉備の古代を想う」吉備氏・尾張氏

岡山(吉備)の古代史についてですが、上古代日本史全般についても書いてます

オオヒヒ(開化天皇)のお話

第9代開化天皇のお話です。クニクルの子で、第10代崇神天皇とは従弟の関係です。オオヒヒは大日日と表わされます(動物のヒヒではありません)。
会話・心情は創作ですが設定・背景は事実だと考えてます。

#オオヒヒ 1
オオヒコの弟は王に就いた
オトという名に代えて
オオヒ(大日)にしようと思ったが
兄と似ているので
兄より上の意で
オオヒヒ(大日日)にした
宮は父の宮(堺原)をそのまま使ったが
さらに
奈良盆地北の
奈良坂の手前の率川(いざかわ)に
ハズラワケが造った拠点を
前線の仮宮とした

#オオヒヒ 2
オオヒヒは頑張る王だった
政治・外交を好み
王国拡大のための外征にも積極的だった
始めはよそよそしかった皇族将軍や宮臣も
徐々にその熱に呑まれていった
以後、爆発的に拡大したヤマト王国の
盤石な土台をオオヒヒは築いた
難波・河内・摂津・和泉・山城・伊勢・美濃
などを版図とした

#オオヒヒ 3
オオヒヒの国の経営は誠に順調だった
彼が国のために思うことは
たいてい成し遂げられた
が、ただ1つだけ
意に沿わぬことがあった
これまで続いた磯城一族の妃はおらず
その他のヤマトの古参氏族の妃を
何人か貰い受けたが
なぜか王を継ぐべき子が出来ないのだ
その事が彼を暗くした

※念の為、次の王、イニエ(崇神天皇)はオオヒヒの子ではありません。

#オオヒヒ 4
オオヒヒが王に就いたのは
19歳の時だった
それから結果的には15年ほど王を務めたが
終ぞ男の子は授からなかった
5年ほど経ったある時
神に祈ってお告げを受けるため
オオヒヒの前にモモソ姫が呼ばれた
神妙な顔をしてモモソ姫は
これから申す神を宮中の
一所に祀ってください
と告げた

#オオヒヒ 5
オオヒヒはモモソ姫のお告げ通り
イワレヒコから受け継ぐ天照大神
磯城一族が奉斎する三輪の大物主神
モモソ姫の一族神で
なぜか姫が推奨する倭大国魂神
の3神を宮中の一所に祀り
子宝に恵まれるよう祈念した
しかし
おかげで玉のような子が…
とはならず
齢だけを重ね、体は老化した

#オオヒヒ 6
オオヒヒは子が出来ないまま
30歳を過ぎた頃
原因不明の病から床に臥せてしまった
国の経営は絶好調なまま
跡を継ぐ者がいない
焦ったオオヒヒは
モモソ姫を床に呼びつけた
あなたは神を集めて奉斎すれば子ができる
と言ったではないか
モモソ姫は伏し目がちに頷いた
そしてこう答えた

#オオヒヒ 7
モモソ姫は答えた
オオヒヒ様
私は神様のお告げを申しただけです
そこから神様が王の願いを叶えるかどうかは
神様が決めることだと思います

オオヒヒは
そうか
と頷いたが心の中で
うまいこと言い逃れしやがって
と呟いた
モモソ姫はにっこり微笑んで
お体をお大事に
と言って退室した

#オオヒヒ 8
モモソ姫は
子が出来ないように
偽りのお告げを述べたり
呪詛をかけた訳では無かった
ただ願ったのは
弟・イニエが王を継ぐこと

それを神が聞いたのか
オオヒヒは病から回復することなく
34歳の頃、薨った
王国はこれから、というときのタイミングだったので
悲しみが国中を覆った

#オオヒヒ 9
オオヒヒの陵も父や叔父と同じく
前方後円の形にして
前方の祭壇で盛大に葬祭をした
御霊の鎮魂の儀を終え
モモソ姫はにこやかに
参列していた兄・オオヒコ
にそっと告げた
オオヒコ様
次の王に立候補してはなりませぬ
子孫が絶えますよ?
そう言ってモモソ姫は
軽やかにその場を去った

#オオヒヒ 10
モモソ姫が去っていくその方向に
誰かがいた
オオヒコより若い感じだが
何か得体のしれない気を感じる人物だ
始め遠目でしか見えなかったが
じっと見ていると
優しい目でオオヒコを見ていた
オオヒコはその目を見て
自分の上に立つ人物だ
と直感した
それは従弟のイニエだった

#オオヒヒ 11
葬祭の翌日
王不在の宮で
オオヒコ、ハニヤス、イニエ、モモソ姫、他宮臣が集まり
次王を誰にするかの会議が開かれた
モモソ姫は開口一番
先先王クニクルの兄フトニの子である
イニエが継ぐべきでしょう
と言い
それに多数の者が賛成した
しかしオオヒヒの弟
ハニヤスが異議を申し立てた

#オオヒヒ 12
ハニヤスは言った
私は庶子
王を継ぐ資格が無い
でも兄のオオヒコは嫡子だから
兄が王を継ぐべき

しかしオオヒコは黙して
それに賛同はしなかった
オオヒコの子は既にいるが
モモソ姫の
王の子孫は栄えない
という言葉に逆らえなかった
結果
イニエが王を継ぐことになった

※次はいよいよイニエ(崇神天皇)の出番です。