吉備の古代史-4 出雲進攻

出雲振根命は飯入根命・鸕濡渟命と会う前に偽装使者と面会しましたが、大和王国の接近で人心が混乱する中、偽装使者を疑うこと無く信じ、激怒します。そして訪れてきた飯入根命を、語ること無く突き殺してしまいます。鸕濡渟命も同時に殺してしまおうとしましたが、異常な空気を察知した鸕濡渟命に先に逃げられてしまいます。逃してはならぬ!と追う出雲振根命の前に突然船に乗って川を下る弓隊が現れます。武渟川別命とその精鋭部隊でした。今度は逆に、武渟川別命

出雲振根命の首を撥ねます。止屋の淵で意宇の盟主と杵築の盟主が殺されたことで、杵築と意宇・大和の全面戦争に突入してしまいます。

がしかし、

出雲の兵士たちは海から、もしくは海岸に沿った東西からの侵入にはめっぽう強いですが、南側の山岳地帯からの侵入はあまり経験がなく、1番の弱点でした。なので伯耆国造族や東出雲の兵士たちの侵入に対しては持ち応えることができましたが、その状況を睨みながら、斐伊川上流から降りてくる吉備津彦命武渟川別命の大和王国軍には全く抵抗できず、各個撃破をくらって、西出雲の兵士たちは雲散霧消の結果となりました。

これで杵築王国は消滅。味鉏高彦根命-大穴持命が造り上げた出雲王国は意宇の国造族、ひいては大和王国に国を譲ることになりました。

そして杵築王国そのものにも、大和王国の有力部族が移住してくることになりましたが、周りの石見、波久岐(伯耆)、吉備中県(備後美作)、出雲(意宇)にも久米部族、物部部族、吉備弓削部、倭文部族などが移住し、しっかり杵築勢力を見張る形となりました。

本稿は吉備に関する内容のため出雲のことは詳しく描いていませんが、出雲大社を核とする杵築王国は、大和王国にとっては大きな障壁だったことがこれでわかると思います。

 

宝賀寿男氏「吉備氏」

 

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