吉備の古代史 弟・下道系統

吉備の古代史-9 弟・下道系統

御友別命の子が稲速別命で、この2代が応神朝・仁徳朝の時代に当たると思われます。先に記しますが稲速別命の廟が作山古墳となり、御友別命・稲速別命のこの2代が吉備最大古墳の被葬者であろうと思われます。両古墳とも後円部主体部の調査がなされていない…

吉備の古代史-8 弟・下道系統

御鋤友耳命の子に御友別命が居ました。 ※御友別命は吉備武彦命の子ではありません。 御友別命は今の足守地域であろう葉田葦守宮に住んでいました。 成人した頃に後の応神天皇となるホムタワケ命と出会いました。 ホムタワケ命は大和王国の領土を視察するため…

吉備の古代史-7 弟・下道系統

弟・吉備津彦(彦狭島命)は吉備進攻後、出雲進攻にも出向いたかどうかは確かなところは不明ですが、恐らく拝領した下道(主に備中)に居住し、温羅を信奉していた地元民に対する支配を充実させていたのだと思います。 下道も同様に、この頃にこの地域がそう…